第二十二話「SEE FEEL and CHANGE」
2002年に出版されたJohn P. Kotter著"The Heart of Change(革新の核心)"(Harvard Business Press)という本を、私は出版されてすぐに興味を持って読みました。ハーバードの組織行動学の教授である著者は、昔から私の好きな研究者でした。彼はその前の著書で改革を着実に根づかせるための8つのステップを提案していました。

今度の著書での彼の主張は、前著で何かもの足りないもの(単に改革活動において従うべき手順を示しただけであったと言う不満)があったので、改革プロジェクトを成功させるための最大の決め手(方針)は何かを求めました。企業における改革プロジェクトのケーススタディーを更に進めて、その結果がこの本でした。そして彼は重大な発見をしたのです。それは改革プロジェクトの核心にあるものは、「(現象を)見て、(問題を肌で)感じて、改革する(SEE, FEEL, CHANGE)」の重要さである、というものでした。

賢明は読者諸氏はもうお分かりでしょう。

これまでの理論では、改革の核心は「(データを取って)分析し、(改善案を)考えて、改革する(ANALIZE, THINK, CHANGE)」と言うアプローチでした。彼は革新問題の解決過程においてこれまであまりにも、「分析と思考」が重視されて来過ぎたことに気づいたのです。人は(組織は)理屈や数字で動くわけではなく、事実を自分の目で見て、感情が動かされて行動するのだ、そしてこの方法の方が、結果的にうまくいくのだ、という(私から見れば)当たり前と言えば当たり前のことを彼は書きました。世界の第一人者の口からこの様なことが堂々と語られるというのは感慨深いものです。

しかし、少なくとも私が専門とするIEの世界で、改善問題を40年もの間解き続けてきた我々IErにとって見ると、この発見は余りにも当たり前過ぎると思いましたし、多くの皆さまも同意されると思います。確かに一般の教科書を見ると、「目標を定め、問題を定義し、データを採り、分析をし、いくつもの原案を考えつき、最善案を選択し、実行可能性を検討し、実施し、フォローアップをする」と言ったことが書かれています。問題は誰もがその通りにしていないことです。この点については、私は1995年に出版した[IE問題の解決」に書きました。最近ではIEレビュー誌241号6〜12ページ(当ホームページIE大話「IE技法の役割を再考する」)でも私見を述べています。

では、何故日本のIEの世界では常識的になっていることを、今更アメリカの学者が書いているのかについて考えてみましょう。まず、日本以外の国々では改革は私の主張する「スタッフ主導型」で行われます。その証拠に彼の前著の8つの改善活動のステップを以下に示します。

  • 第1段階 危機意識を高める
     「やろう。変革が必要なんだ。」と互いに話し始める。
  • 第2段階 変革推進チームをつくる
     大規模な変革を先導するだけの力のあるチームが編成され、協力し始める。
  • 第3段階 適切なビジョンを掲げる
     変革チームが適切なビジョンと戦略を掲げる。
  • 第4段階 ビジョンを周知徹底する
     周りが変革を支持するようになり、それが行動となって現れはじめる
  • 第5段階 自発的な行動を促す
     ビジョンに基づいて行動できると感じ、実際に行動する人が増える
  • 第6段階 短期的な成果を実現する
     ビジョンの実現に向けて動き出す人が増えるにつれ、勢いがつく。変革に抵抗する人は減る。
  • 第7段階 気を緩めない
     変革の波を次々と起こし、ビジョンを達成する。
  • 第8段階 変革を根付かせる
     伝統が重石となり、変革リーダーが交代しようとしても、勝利をもたらす新たな行動を続ける。

この方式では、当然小さな改善には目が向きません。小さな改善が大きな改革に繋がる経験も余りしません。スタッフの多くはエンジニアーですから自然科学の方法に従おうとします。自然科学の方法は「理」が先に立ち「情」は入ったとしても後からです。理能の世界では「感情的になること」は嫌われます。自然科学分野の問題解決手順には、恐らく建築関連の分野以外は、あまり人間に関する配慮はありません。

更に、アメリカにおいてはアメリカ独特の組合問題を見逃すわけには行きません。労使の対立が改革による職場の喪失の恐れを生じます。現場従業員は組合員であり、レイオフに繋がる改革活動に彼らが参加しない場合が多く、どうしても「スタッフ主導型」になりやすいのです。

一方、日本のIEの世界では改善活動のスタイルは私の主張する「ライン中心型」に向かって進んでいます。スタッフは黒子に徹しようとしています。その上、「現場現物」に徹する思考過程が重視されています。そして、「見て、観て、診て、- - -、やって試る」ことが重視されています。現場で実態を見ればそこには必ず人情の世界があります。問題は1工程の問題から、工程間の問題へと広がり、それに伴って情報システムの問題へと進みます、更に生産技術と物流の世界へと必然的に広がってゆきます。問題の範囲が広がり、問題の階層性を無視できなくなれば、問題を理性だけで区切りとることは難しくなります。問題をうまく区切る為には右の脳を使ってうまく感じとる必要があります。

従って、世界的に見れば改善が最も活発に行われている我が国においては改善活動の手順をあまり問題にしている文献はありません。要するに、いろいろあるが日本流でうまくやっているので問題にならないのだと思います。私なども大事なことは、究極の理想を念頭に置き、関係者皆が参加して、八方気を配りなが問題を目で見せて、とにかく小さくやって見ることだ、ぐらいに考えています。そうすれば、その内いろいろうまく行かない理由や、うまくゆく理由が分かってきます。大切なことは決して諦めないことだぐらいに考えています。

Kotter教授の本は2003年に翻訳(「ジョン・コッターの企業改革ノート」日経BP)されていますので、興味のある諸氏はお読みになって是非感想を聞かせていただきたいと思います。
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