第二十六話「改善活動のマネジメント」
私の勉強に大きな影響を与えてくださった先生の一人に、ジョージア工大のレーラー先生が居られます。先生はIEの手法よりも、IE活動のマネジメントに強い関心を持って居られました。彼がアメリカIE学会の編集長をされていた1960年代に、Chief IEs' Forum(アメリカ企業のIE部門長による、IEを有効に活用するために、IE部門の組織活動をいかにマネジするか)と言うシリーズものの特集を組んだことがありました。当時日本ではIEが部門として確立された企業が少ない時代でしたので、私はそれを先見的な読み物として関心を持って読んだ事を覚えています。
レーラー先生の著書に"Management of Improvement"(改善活動のマネジメント)があります。この本は1964年に出版されたもので、IEの出版物の殆どが今もって、手法に関するものが中心であるのに反して、改善活動をいかに組織化し、活用すべきかということを主題にしたものでした。先生の主張を要約すれば以下の文章で表現できます。

Management must be improved and Improvement must be managed.

その後、「カイゼン」に代表される、日本的な現場による改善活動の普及、および「トヨタシステム」に代表される、現場で困っているような制約要因を容認しないで打破する方法論の実現が普及し、世界的な注目を浴びるようになりました。このことを、度重なる訪日で目にされた先生は、所謂スタッフ主導型の改善活動には限界があることを認識されました。そして1993年に"Continuous Pursuit of Excellence"(留まることの無い優れた仕事の成果の追求)と言う論文の中で、優れた改善活動のあり方を、ひとつの公式の形で示されました。それを以下に示します。


PE: Performance Excellence
IG: Ideal (Lofty and Worthy) Goals
SMT: Systematic Muddling Through
PP: People Power
FF: Forcing Functions
SS: Supportive Structures
T: Technology

賢明な読者の皆さんはもうお分かりでしょう
上式の意味するところは、優れた改善活動はどのようなものか?、改善活動の成果にはどのような要因が働いているのか?、改善活動をマネジするには何をすればよいのか?、についての基礎的な考えを示しているのです。以下にこの公式が意味するところを解説します。
PE: これは「仕事の成果の卓抜さ」とでも訳せます。群を抜いた仕事の成果を達成するためには、仕事の改善をし続けなければならないことの重要性を暗に示しています。
IG:ちょっと手が届きそうも無いが、実現すれば高い価値が生まれるような理想を持ち続けるべき必要性を示しています。
SMT: システマティックにやろうとする意図は持ちながらも、成功を目指して無茶苦茶手当たり次第に突き進もうと言う意味で、改善活動はなかなか奇麗事にはうまく進むものではないことを示しています。試行錯誤の重要性を認めています。
IG×SMT:高い理想を打ち立てることとその実現のための行動することは積(掛け算)の効果を持っていることを示していて、どちらも欠くことができない関係にあることを示しています。
PP: これは改善活動に参加する人々の力(質と量)を意味していて、この公式の中で一番重要な項であります。上記(IG×SMT)をPP乗する効果があると強調しています。極端に単純化して言ってしまえば、(IG×SMT)を参加人数だけ掛け合わせた効果があると言ったものと理解できます。
FF: 改善活動は自発的な参加だけでは、なかなかうまく進まない、あるいは時間が掛かり過ぎる事を認めた項です。改善活動を推し進めるためには強制する必要があることを示しています。このことは議論の余地があります。ともすれば、改善活動を強制することを後ろめたく感じるマネジメントがいます。その大きな理由は、(1)前項で示した「人々がわくわくするような」理想IGと(2)次項に示すSSを、参加者たちが満足行くレベルにまで提供していないからであります。
SS: 改善活動は当事者だけではうまく進まない場合が多いために、それを側面から援助する仕掛けを数多く用意する必要があります。改善活動のための信賞必罰を明確にし、組織構造、責任権限、予算の提供。専門的知識や経験を持つスタッフの用意、および彼らの行動規範の設定などは欠かせないものであります。
T: 最後に現れたのが技術や方法論であります。一般には問題解決に最も重要な要素は適切な方法論の提供であると信じている人が多くいますが、この公式ではそのことを強調してはいません。この公式ではFFとSSとTは同列に扱われています。極論すればこの3つの要因のどれか一つが欠けていても、この公式は成り立ちます。私見ですがTの重要性は最も低いと考えます。
上記の公式は、決して数学的に証明された厳密なものでないことはお分かりだと思いますが、レーラー先生は彼の「思い」を表現して議論したかったのだと思います。先生は既に引退されて居りますので、後に続く者として、Management of Improvementの思想を語り継ぎたいと思います。お気付きの方も居られると思いますが、私の「IE問題の解決」もこの流れに沿って書かれたものです。


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