第三十四話「国士無双を簡単にテンパイする方法」
 ある特殊金属を生産している会社で、数種の原料を混合して溶解する工程があります。各種の原料は40キロづつ梱包され、倉庫に保管されております。まず、計量工程で、個々の原料を製品時の混合比を基に、最終的な混合原料が100キロになるように別々に計量します。混合工程に送られた原料は、大きな回転式バレル・ミキサーに投入され、100キロ単位に4時間混合され、10キロ入の容器に入れられて溶解工程に送られます。原料毎に比重が違うために、ミキサーから混合原料を取り出すためには、ミキサーの下部にあるバタフライ・バルブを開いて、効率良く排出することはできません。自然落下させるとせっかく混ぜたつもりの原料が、比重の違いから混合が偏って出てきてしまう恐れがあるためです。そのため、せっかくバルブが着いているのに、排出は手作業で慎重に掬って容器に入れています。溶解工程の棚に保管された混合原料は。製品種類が多いために、原料倉庫に匹敵する広さの棚に、ほぼ半月分の中間在庫を持っています。
 溶解工程では連続溶解炉を用いているので、10キロの容器から更に1キロ入りのボトルに混合比が偏らないように慎重に分割して、よく振るって溶解炉の一端から自動投入されております。それでも、会社は混合比の偏りの発生による製品不良に悩まされております。中間工程での混合状態の検査をするためには、サンプルを取って検査用鋳型に入れてテストピースを作り、それを用いて物性テストをしなければならず、時間と費用が掛かり材料のムダが出ています。

賢明な読者はもうお分かりでしょう

 どうも、この方法では混合に問題があるように思えます。大きな混合機械を正確に管理するには原料の混合比を基に最適混合時間を、ばらつき、を考慮して、決めなければなりません。現在の一律4時間の混合時間には根拠がありません。在庫も多いように思えます。
 一般に、物を混合するには時間を掛けてただかき混ぜるのが一番よいと考えられています。これをランダム・ミキシングと呼ぶことにします。意外に知られていない方法に、かき混ぜないと言う方法があります。これをシスティマティック・ミキシングと呼ぶことにします。この方法では原料をできるだけ正確に「層」にして重ねて、それを縦に崩して、またそれを層に重ねて、また縦に崩すというやり方です。これは殆ど無駄がないやり方です。製薬会社や鉄鋼会社などで活用されている方法です。上記のサイクルを繰り返すごとに混合状態は望ましい方向に進みます。
 さて、上記の例に対する改善の考え方を説明します。大きなランダム・ミキサー機械の使用を止めて、中間在庫を廃止し、溶解工程で原料から直接1キロ単位の混合原料を作ってしまうと言う考えです。ミキサーの代わりに、ミキシング・テーブルを用意して、その上方に設置した原料ホッパー群から定量の原料を順次排出して、システィマティック・ミキシング法を使います。ミキシングの時間を減らせますし、品質を安定させ、在庫を減らせます。この方が以前の方法より知的なヤリ方だと思いませんか?
 私はこの方法を「国士無双方式」と呼んでいます。この麻雀の役はめったにできません。友人の数学者に聞いたところ、ランダムに並べられたパイの山から取った、配牌でテンパイの状態が起こるのは十億回に1回だそうです。ところが、欲しい牌を「詰め込んで」(麻雀用語でインチキしてパイを好むように前もって並べておくこと)しまえば、1回で出来てしまします。麻雀ではこれは決してやってはいけないことですが、産業界では詰め込みの罰はありません。物を望ましい混ざり方に無駄なく混合する方法(システィマティック・ミクシング)が使える時は使うべきだと思います。このことで私はランダム・ミキシングを全面的に否定するものではありません。それが簡単で有効な場合は、利用すべきです。しかし、盲目的にランダム・ミキシングを信仰するのは危険なことを指摘しておきます。
 実はシステマティック・ミクシングの方法論には面白い側面があります。1回にミックスする量を小さく減らしてゆくとどうなるかと言う事です。当然頻度が増えますが、このことはちょっと置いておきます。小さくすればするほどミクシングは簡単になり、時間も短くなり、必要スペースも少なくなります。それではこの究極はどうなるでしょうか。空間を小さくすると言うことは時間を小さくとると言うことになります。これは原料の時間当りの投入量を一定にするようにして、連続に投入することを意味します。つまりホッパーから出るそれぞれの原料が定められた量だけ出続け、原料全体が流れとなっていれば、川の流れの断面は適切な混合比に(金太郎飴状態)なっているはずです。つまり、システマティック・ミクシングが瞬間的に出来てしまう(工程を自動化してしまう)事になります。わざわざ時間を掛けて空間的にミクシングをしなくても、計測技術を駆使して、それぞれの原料が混合比通りに出続けて、流れる川に合流すれば、究極のシステマティック・ミクシングになってしまうと言うことです。上記は、恐らく進んだ企業では既に実施されていることを、私が遠回りして説明しているのかも知れませんが。
 この話にはまだ先があります。システマティック・ミキシングのロットサイズを限りなく小さくするという考えに疑問を持ってみてください。生産工程にはそれぞれ特殊性があり、投入量がある限度以下に少なければ、混合する必要がないものがあります。例えば、溶解工程の投入口にはアジテーターと呼ばれる攪拌装置が付いているかも知れません。この点に着目すれば無限に混合状態を追求する必要がないことに気付くはずです。つまり、ほどほどに小さなロットサイズでミキシングを区切り、正確な計量さえしていれば、原料が層になったままでも構わないはずです。どのくらいロットサイズが小さければよいかは実験して決められます。
つまり、システマティック・ミクシングと言ってもミックスはしているわけです。金太郎飴状態を作るには精密な計量機械を必要とします。ここに“No Mixing”というアイデアが生まれるはずです。実際にこれをやった会社があります。この会社ではこの方法を「国士無双マティック法」とよんでいるそうです。




戻る